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旅、ごはん、歌、臨床心理の勉強など興味のあることと、考えたことの記述

どこか特別な場所

昨日「洗濯塾の毛玉取り」を買いました。

テーブルに服を拡げ、毛玉がとれてるのかどうなのかよくわからないまま撫でる動作を繰り返すのですが、そのあと附属の「ミニ熊手」みたいなもので掻き取ると、一定量の毛くずのようなものがとれているのです。これは丁度良く無心になれる作業であり、大変気にいっています。

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ただ、これを買うのは2度目です。

 

私はこれを一昨年の冬に購入し、春先にどこかに仕舞って、去年冬が来たとき使いたいのに見つからず、いちねん我慢しましたが、今年また買いました。

 

一昨年の冬の終わり「これは好きだ、来年もまた使いたい」と思い、大切に二つの道具をセットにして、どこか特別な場所に仕舞いました。しかし次の冬、残念ながらその場所が思い出せませんでした。

 

私には、たまにこういうことがあります。必要があって特殊な所に仕舞ったものを忘れてしまうということです。

 

例えば小学生の頃、電車の切符をなくしてはいけないと思い、ここなら忘れないと思う所に入れました。そこからたった2駅なのに、改札を出るとき切符の場所が分かりませんでした。コートやスカートのポケット、財布、読んでいた本の間、鞄の中をひっくりかえして探しても見つからないのです。

「ぜったいに忘れないようにどこかにしまったんです」と汗をかきながら荷物をひっくりかえしている小学生が嘘だけはついてなさそうだと思ったのか、それとも時間の無駄だと思ったのか、駅員さんは「通って良い、次から気をつけて」と言いました。

 

家に帰って分かったのですが、切符は靴下の中に隠してありました。

 

なくしたものが見つかるときはたいてい「へえ−、こんな所に?!」という感じです。まるでもともと記憶に書き込まれていないみたいなんです。

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いつかどこか意外なところから一昨年の「洗濯塾の毛玉取り」も見つかることでしょう。そのときは誰かに1組プレゼントします。いつになるかは分かりませんが、欲しい人はご予約下さい。